山崎守インタビュー
栃木県某所にて焚火にあたりながら(2002夏)




スタッフロングインタビュー、今回は山崎さんです。山崎さん、よろしくお願い致します。まずは皆さんに聞いているのですが、簡単な自己紹介をMTBと絡めてお願いします。 

山崎 MTBを初めてやったのは、Be−PAL1号出たころだから・・・1984年。その頃独身で横浜に住んでいて、給料1ヶ月分をはたいて気に入ったMTBを買いました。雑誌を見てMTBを買いに行ったの。バイクじゃないし、普通の自転車じゃないし。あ、これどこでも行けそうだなって思って。だけどその頃は街乗りだけ。横浜住んでて江ノ島行って泊まったり、周回して帰ってきておわり。だからフィールドなんて全然行きやしないの。で、それはもうそのままで終わってしまって。

山崎さんというとテレマークスキーというイメージが強いのですが、MTBとテレマーク、どちらを先に始めたのですか?

山崎 テレマークの方が先。学生の頃ニセコでアルバイトしていて、スキーでアルペンでやっていてつまらなくなってきて、クロカンの道具買ってクロカンやって、それからテレマークやるぞっていってテレマークはじめて。というわけで、MTB(のフィールド)と出会ったのってずーっと後なんです。

テレマークスキーの初代チャンピオンって聞いたのですが。

山崎 レースあるから出ろって言われたら、賞いっぱいとっちゃった。年間通してポイントを重ねていったらチャンピオンになっていました。

それは何年頃のことですか?

山崎 1985年くらいかなあ。で、チャンピオンになったので第一回のワールドカップに行ったんです。小さい大会だと思って行ったら、ヨーロッパやらアメリカ勢が幅をきかせていてね。ノルウェーだったんだけど、あそこはもう国技だからね。テレマークスキーで滑るし、跳ぶ。

それって皮ブーツですか?それとも今みたいにプラスチック?

山崎
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皮ブーツだよ。その頃は皮しかなかったからね。彼らはそれで20〜30mくらい跳んじゃうんだよ。子供の頃からやってるからね。発祥の地の層の厚さって、奥深さっていうかね。で、カルチャーショックうけて帰ってきた。その後は若手がに行ってもらったけど。今でも印象的なのはあっちの人たちはスキーに対する考え方だね。国民的スポーツって感じだし。
アメリカ人たちは、一旦廃れたテレマークスキーを復活させたのは俺たちだぞって気持ちだし、北欧の人たちはこれは俺たちの伝統スポーツだぞって譲らない。会議やっててもケンカだもんね。で、日本はこんな感じだよっていったら「おお、日本でもやってるのか。東洋からよく来た!」って感じだったね。アジア系は日本だけ。


へぇ、すごい!で、どこでどうなって、MTBへ?

山崎 えっと、1993年か4年頃かな?丹羽さんにテレマークスキーで会ったんだよね。モンベルアウトドアチャレンジのスクールで僕がテレマークスキーのコーチで行っていて、丹羽さんがスタッフで来てたの。丹羽さんに会ったときに、この人の感覚は欧米人的だなあって、すごく感じたのね。楽しくスポーツしようよって感覚が好きでした。
まだ日本では、スポーツやってる奴なんてろくな奴なやついねーよって感じで嫌いだったの。でも丹羽さんは、あー、ちゃんとスポーツを認識してやってる人だなって思った。基本的にアウトドアの遊びなんだけど、それをスポーツとしてとらえていてさ。
で、今度は逆になって、丹羽さんがMTBのコーチでやるっていうんで、僕がモンベルの人に参加させてくださいって言ったら、事務局の人に手伝えって言われた。そんなこと言われても大変だよねぇ。で、オフシーズンにMTBに乗ってトレーニングしようと思って丹羽さんにいろいろ相談に乗ってもらったんです。

それはいつ頃ですか?

山崎 水色のスタンプジャンパー(スペシャライズド)が出た年だから96年か95年頃かな? それで丹羽さんのモンベルのMTBツアーに行ったんだよね。その頃、春と秋に白馬でやっていたんだよね。で、そのとき、「これってテレマークスキーそっくりだよ。」って丹羽さんに言ったの。ポジションとか重心移動、バランス、足が前と後ろのところとか。これはオフトレ練習にいいなあって思って。
その後、埼玉で丹羽さんのツアーがあったときに行かせてもらったりしたけど、その後はなぜか自分で一人でずっと乗ってたの。荒川の土手とか。要するにフィールドなんか全然しらないから。
で、あるとき、テレマークスキー仲間に軽井沢でMTBに乗ろう誘われて、行ってみたら「なんでこんないいバイク持ってるの?」って言われて。それからはその連中たちと山の中を走り回るようになったんだよね。でも始めの2−3年はコケまくり。テレマークのスピード感覚で行っちゃうから擦り傷だらけで大変だった・・・。

あはっ、山崎さんでもそんな時期があったんですね。

山崎 そりゃあね。下りのときにオシリをサドルの後ろにするって出来なかったんだよね。そんなこと言われてもとんでもないって感じで、ずっと苦労してた。で、あるとき人が下るのを真横から見たら、あ、こうすりゃいいんだって感じで、それから急に乗れるようになって。あと、前ブレーキを下りのときにちょっとうまく使うといいみたいよってことでやってみたら、あれ?タイトターンできるじゃん!とかさ。
上りのときはお尻の穴にサドルの先を入れるように・・・ってやってみたら、あれ?なに?上れるじゃん!とかさ。
MTBって登りは体力、下りは度胸って思ってる人は多いけど、ぜんぜんそんなことはない。ちゃんとテクニックを説明すると、どんどんうまくなって楽しくなっていくんだよね。そんな感じで一緒に一生懸命MTBをやっている仲間達は皆それなりに乗れているね。

山崎さんにとっての安全のマージンって何ですか?

山崎 もちろん天候や雪崩なんかの予測もきっちりやることは当然だけど、仲間と行動することが基本かな。スキーとかではケガ人は何人もみているけど、なるべく早く搬出することだね。ある一定の確率でケガ人は出るから、そのときにどうするかだよね。
僕がフリーで仲間と行く場合は、自分のリスクでやっているけど、お互いになにかあったときは仲間が頼りになるしね。
ステップアプップする段階ではある程度、リスクもあるよね。それがアウトドアスポーツということだと思うし。それから技術って曲線ではあがってくれなくて何かきっかけがあるとドーンとあがるからね。 

なるほど。私は少しずつでいいので、あまり痛い思いをしないでうまくなりたいなあ(笑)。ところで、MTBの一番の魅力はなんですか?

山崎 全部楽しい。こういう仲間がいたり、また別の仲間がいたりして、どんどん広がっていくこともね。もちろん自然の中で走り回ることの魅力はもういうまでもないよね。

最後に、丹羽さんにやまアドの声をかけられたときどう思いました?これからやまアドでやってみたいことなどありますか?

山崎 おお、やろう、やろうって。やっぱりあの欧米式のアウトドアスクール、日本に少ないじゃないですか。そういうの日本でもっともっと沢山作って欲しいし。
日本は、アウトドアでの楽しみを教える機会が少ないよね。そういう機会を作っていけたらなあって。
やまアドでガイドするということは、僕にとって2つメリットがあって、1つは教えられる場所があるってことと、もう1つはこういった仲間が増えるってことだよね。丹羽さんのやまアドを中心にいい意味で発展していったらいいなあって思います。楽しみを人に伝える伝道者がどんどん増えていかないとね。

なんだかとっても頼もしいです。どうもありがとうございました。


◆◆◆インタビュアー/Qたろうのひとりごと◆◆◆
穏やかな物腰と口調からは想像できない走りっぷりは、やはりスキーで鍛えたスピード感覚からでしょうか。何度かMTBのフィールドでもご一緒させていただいていますが、え?これ行っちゃうの?ってところも乗ってしまっています。う〜ん、さすが。スキーや自転車だけではなくて、いろいろなアウトドアのフィールドの楽しみ方もしっかり心得ていて、でもさりげない。そんなところがスゴイなぁ。それにしても偶然にも(?)やまアドスタッフの皆さん、週末家でじっとしていられない方たちばっかりなんですねぇ(笑)・・・。Q

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